先日、ライブでフレットバイオリンを使いました。

その後、この特殊な楽器についての問合せがいくつかありました。特に、「なぜフレットがあるのにビブラートやスライドができるのか?」という疑問が多いようです。で、これに対して、切れ味鋭く、

「気にすんなよ」

と、回答してもいいんですが、せっかくのサイト更新ネタを無下にするのももったいないので、ちょっと考察がてら、言葉を尽くしてみましょう。

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そもそも、一般的に、バイオリンにフレットがついていないのは何故でしょう? いろいろ回答はあるでしょうが、ひとつは、技術的に困難だからです。

下の動画は、バイオリンを弓で演奏した時の弦の動きを高速度カメラで撮影したものです。

バイオリンの弦は、長軸まわりにねじれて回転しながら、大縄跳びのように、こんなにも大きな振幅でぐるんぐるん動き回るのです! 擦弦楽器ならではの演奏法によって生まれるこの回転が、バイオリンらしい音色を生み出します。そして、このびっくりするほど大きな振幅は、楽器の女王たるこのソロ楽器の、大きな音量を表しているわけです。

さて、ここで注目すべきは、振幅です。この動き回るバイオリンの弦が、関係ないフレットに触れてしまってはいけないわけです。つまり、フレットがある程度以上高いと、振動する弦に触れて、ビビビビとノイズが乗る、いわゆる「ビビる」状態になってしまいます。しかし、フレットが低すぎてもいけません。指で押さえた位置のフレットは確実に、弦を止めて振動の基点を作らねばならないからです。考えてみると、何十分の一ミリといった絶妙な高さのコントロールが必要です。

フレットの形状にも工夫が要ります。指板の上の指の動きを邪魔せず、かつ弦の振動はピッタリの位置で止めるように、フレットの頭は、鋭角過ぎず、丸過ぎずの形状が望ましいでしょう。若干、話は逸れますが、かつて、アメリカ製のフレットバイオリンを触ったことがあります。それは30万円以上する値段で売られており、見かけは艶のある高価そうな楽器でしたが、弾いてみると、指がフレットにあたって痛いのです。で、怪訝に思ってよく見ると、フレットは打ちっ放したまま、エッジを丸めていないお粗末なつくりでした。その手抜きの影響は、一目瞭然でした。フレットの位置で、弦が切れかかっていたのです。

私の所有するフレットバイオリンは、今のところ、上記のようなトラブルには一切見舞われていません。製作者のエルデ楽器は、ウェブサイトにて、フレットバイオリンを生み出すために、15年の研究をしたと謳っていますから、フレットの高さに関しても、形状に関しても、おそらく相当な試行錯誤を経て仕様を決めているはずです。......多分。

viol-pictures.jpg

ところで、同ウェブサイトには、ヴィオール族の古楽器を復刻したという記述もあります。このヴィオールの頃は、フレット代わりに、弦(ガット)をネックに巻きつけていたらしいですね(そのことを知るまで、古楽器の写真を見るたびに、「なんでフレットがグニャグニャ曲がっているんだろう?」と思っていました)。なるほど、同じ弦同士なら、素材の硬さが変わらないし、断面の丸い弦なら、エッジがないので、弦が切れにくいわけです。

閑話休題。

で、要するに、フレットバイオリンにおいては、フレットの高さや形状が、絶妙に調整されている必要がある、ということなんですが、その結果、なにが起きるかというと、フレット機能に"遊び"が生まれるのです。どういうことかというと......、

最近、「フレットバイオリンのレッスン会」なるイベントに何度か講師役で参加する機会がありました。そこで、気が付いたことですが、本当に楽器を触るのが初めてという人は、フレットと弦の関係が分かりませんから、「フレットの間を指で押さえる」と聞くと、恐る恐るフレット間の自由な位置を指で押さえます。その結果、非常に弱い力でヘッド寄りの部分を押さえてしまうことがあります。すると、半音近く低い音が出ます。そう、実は、この楽器、フレットの中で押さえる位置と力加減によって音程が変わるのです。これが、フレット機能に"遊び"があるという表現の意味するところです。

 sweet-spot.jpg

要するに、フレットの中であれば、どこを押さえてもいいというわけではないのです。安定した正しい音程を得るには、押さえるべき"スウィートスポット"が確実に存在します(もちろん、通常の力でそれなりの場所を押さえれば、安定した音程が得られます。しかし、積極的に音を変えようという意思をもって微妙な力加減で指を動かせば、フレット内でも音程が変化します。そのあたり、やはりフレットの高さが絶妙と言わざるを得ません)。

大まかに次の表のように、特性を整理できるでしょう。

pitch_controllability.GIF

表中の、フレットバイオリンとギターとの違いは、フレットの中で指先を動かしたときの音程変化の幅にあります。ギターよりバイオリンの方が、音域が1オクターブ以上高いため、弦長が少し変わるだけで音程の変化が大きいのです。また、ギターは、コードを弾く楽器ですから、複数の弦を同時に押さえて弾いた時にハーモニーが崩れないように、フレットを高めに設定して安定させているのでしょう。ギターは、比較的フレットの"遊び"が少ないわけです。

で、このフレットの"遊び"の話は、最初の疑問、「なぜフレットがあるのにビブラートやスライドができるのか?」に戻ってきます。要するに、フレット機能の"遊び"がビブラートを可能にしているのです。さらに、ギターよりフレットが低いため、比較的なめらかにポルタメントやスライドができるというわけです。

......って言うか、「ギターでも、ある程度はビブラートをかけられますし、スライドもできますよね。その"遊び"の余地が大きいんですよ!」という説明の方が簡単だったわ。